| 6/10(日) |
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| 「蠕虫舞手」7分 /和田 淳 | 「怪談」7分/壱岐 紀仁 | 「RHYTHM」 6分/ひらたたかひろ ★新作 |
「子供の素」15分/寺田 めぐみ | |||
| 8 ? e 6 ?。 今みえているこの蠕虫は私にはキラキラ輝いてみえます。 たとえそれが幻でも。 8 ? e 6 ? |
暑い夏、カエルの妖怪に憑かれた少女の、静かな物語。このアニメーションには写真が使われています。絵コンテを一切使わず、旅をしながら撮った数千枚の写真を見ながら時間の流れを再構築しました。誰しも子供だった、あの頃の空気を思い出していただければ幸いです。 | 映像で音楽を演奏する試み。車が走っていく映像の再生するタイミングを変化させて、音と映像のリズムを構成。(撮影した映像・音素材のみで構成) | "殺人事件の起こりそうな建物"での悲劇に始まり、愛する娘とその父親との秘密へと終着する微妙に絡み合った5編のアニメーション。"見えない"子供、無責任な大人。嘘ばかりのTVまかせの空っぽな世界。 | |||
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| 「診察室」9分/大山 慶 | 「やさしい笛・鳥・石」 3分/和田 淳 |
「ははのははもまたそのははもその娘も」13分/瀬戸口 未来 |
「MANGIARE 健全版」 5分/古川 まみ |
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| 診察室で自分の内臓写真を見せられた男が、ふと、過去の記憶をよみがえらせる。大人が感じるリアリティと子供が感じるリアリティの違いを、アニメーションの形、動き、質感に 差をつけることで表現した作品。 | もし笛がやさしかったら、もし鳥がやさしかったら、もし石がやさしかったら。 そして、もし人がやさしかったら。 |
私を飲み込み 包み込む しぼむ様に死んでいった母。心安らぎ 煩わしい 母の腕の中。もがき続けた私は 母と決別すべく 母を探しに出掛けた。私の帰る場所へと。13年前に死んだ母は、余りに朧で。途方に暮れた私は、人々の母親のパーツ(映像・音声素材)を譲り受け再構成する事により。母を作り出し、対峙しようとしたのだった。 | 体内で作られ出ていく命を持たないものたち。本当に持ってはいないのか、それらは体内では生きているのではないか、だとすると出される恐怖に怯えているのか。そんな不安が常にありそれらは適当で曖昧な世界に逃げた。 | |||
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| 「純情スケコマShe」15分/玉野真一 | 「ノゾキ穴」2分/寺田 めぐみ | 「WHITEOUT」 8分/くろやなぎてっぺい |
「delay」 4分/ひらた たかひろ | |||
| 部屋で扇風機の修理をする坊主頭の男と、強い日差しの下、ベッドの上で膝の裏を「プップップップー」と、狂ったように鳴らす男。そして、その男に水を浴びせる女。純情な出会いを果たした三人はスケコマシーな風に身をまかす。そして、女は走る!ベッドも走る!芸術は爆発だ! | うっかりノゾキ穴を覗いてしまった王様。そこは顔のない女が住む不思議なハコ。夢のように幻視的な密室での惨劇。 | 2003年に制作した作品「WATCHING IS LIVING」をNEZUPROJECTのサウンドで再編集。タイトルの「ホワイトアウト」とは雪の乱反射で白一色になり、自分の位置さえ分からなくなる大気中の現象です。現代社会でも それと類似した事が日常的におこり無数に存在します。その不確かな現実をテーマに白と黒のアニメーションで表現した映像作品。 | 右から左へ、上から下へ、中心から外へ、1ピクセルに対して1フレームずつ遅れていく映像。 | |||
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| 「ゆきどけ」7分/大山 慶 | 「あなにやし」26分/瀬戸口 未来 | 「KASHIKOKIMONO」 9分/早川 貴泰 |
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| 雪景色の中、カメラはゆっくりと一軒の家に近づく。窓には人影が。 鉛筆による淡い描画からのぞく、実写のコラージュによるグロテスクな質感。個人の作品としては初めてとなるアニメーション作品。 |
「あなにやし」とは。日本の神話「古事記」において、イザナギとイザナミが国産みの際、互いに掛け合った言葉で。「あぁ!なんて美しいのだろう!」という強い感嘆の意を持つ。撮り溜めた会話素材を解体し。世界を物語りへと再構成した。"足りぬ事を知る。故に。充足を知る=欠損の過剰" "足りぬ事を知らぬ。故に。充足を知らぬ=過剰の欠損"欠損の価値基準の反転を。全ての人々へ。 | 「animation」(アニメーション)と「animism」(精霊崇拝)の語源は共に「anima」(生命; 魂)であり、この 3語による三角形の中間に位置する映像作品として本作品を制作した。ここで言う「animism」は日 本の古代宗教であり、「八百万の神々」である。題名の 「KASHIKOKIMONO」=「可畏キモノ」(かしこきもの)は、柳田国男が日本の八百万の神々を定義するために作った言葉である。その神々(=anima)の連なりこそが森羅万象そのものである、 というイメージをもとに本作品は創られている。 | ||||
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| 「Slide 002」 4分/ひらた たかひろ |
「よっちゃんロシア」 18分/玉野 真一 |
「阿吽ニ字」4分/早川 貴泰 | 「はらわたのはらわた」 6分/瀬戸口 未来 |
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| 上昇するエレベータの中から撮影した素材を使用。フレームアウトしていくはずのビルが静止!? | 町中の階段を、坂道を、ただただ転げ続けた先には、一人の女が立っていた。対峙する男と女。緊迫する空気。睨み合う二人が取った行動とは? | 阿吽二字<アウンニジ>阿は最初の字音、吽は最後の字音。この二字で最初と最後を表す。密教ではこれを一切の原初と窮極を象徴するものとして阿を万有が発生する理念の本体、吽をそれが帰着する知徳を意味するものとする。 | 人間の苦しみはよりよくありたいと願う自身の理想とありのままの自身の姿との、ギャップ(虚実の狭間)にある。 フィクション、ノンフィクションの拮抗を核に捕り溜めて来た映像 音声を、解体 再構成する事により。 女性達の"食べなければならない悲しみ"を描こうとした。 | |||
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「Ω」15分/古川 まみ |
「意識さえずり」23分/白川 幸司 | |||||
| それぞれにおもう相手がいるから動いている日常 | 成長を止めた兄が「眼帯」を手に入れるため、失明しようとする。その執念と、私の狂気が、同化していき、やがて、二人の精神はさえずり始めるのだった。ロッテルダム国際映画祭、バンクーバー国際映画祭等、多くの映画祭で上映。白川幸司の第一作。 | |||||